欧陽詢楷書「虞恭公温彦博碑」北京故宮博物院蔵宋拓本、岑テキスト撰、黒墨精拓、剪表装帳、計23ページ、各ページ縦18.3 cm、横9.2 cm。『虞恭公温彦博碑』は、全称『唐故特進尚書右仆射上柱国虞恭公温公碑』、同じく『温彦博碑』と呼ばれ、唐貞観十一年(637年)十月立、陝西醴泉県にある。碑正書、36行、行77字。額篆書4行16字。この碑は陝西醴泉唐太宗(李世民)昭陵陪葬碑の一つである。
この碑の書道芸術の価値は極めて高く、歴代の書家はこの碑に対して極めて高い称賛を与えた。清王は虚舟跋扈して曰わく、史は欧陽が貞観の間に没頭したと称し、八十五歳である。この碑書は貞観十一年で、率が最も遅い作品である。